ドクタークロス2010

腫瘍内科部長 吉田 稔

1.背 景


 日本全国で2005年の推計で、男性37.9万人、女性26.7 万人、合計64.6万人が年間にがんに罹られており、近い将来日本人男性の1/2人、女性の1/3人ががんに罹られるという推計も報告されています。一方で1997年〜1999年にがんと診断された方の5年相対生存率は54%とも報告され、がんに罹られても長期生存される方も増えてきています。以前のように、「がん」は他人事ではなく極めて身近な出来事となってきています。そこには「がん難民」という言葉に代表される、患者さん・ご家族の不安、不満が増えてきている現実があります。

 このような事態を受けて、がん治療の推進、がんに関する情報提供の充実、がん治療の地域格差の解消を目指して、2006年「がん対策基本法」が成立しました。ここには3つの柱(基本理念)が示されています。
  1. がんの克服を目指し、がんに関する専門的、学際的又は総合的な研究を推進するとともに、がんの予防、診断、治療等に係わる技術の向上その他の研究等の成果を普及し、活用し、及び発展させること。
  2. がん患者がその居住する地域にかかわらず等しく科学的知見に基づく適切ながんに係わる医療を受けることができるようにすること。
  3. がん患者の置かれている状況に応じ、本人の意向を十分に尊重してがんの治療法等が選択されるようにがん医療を提供する体制の整備がなされること。
 この法律を受けて、2007年に「がん対策基本計画」が閣議決定されました。がん患者を含めた国民の視点に立ったがん対策の実施が基本方針とされ、2つの全体目標が定められました。
  1. がんによる死亡者の減少
  2. すべてのがん患者及びその家族の苦痛の軽減並びに療養生活の質の維持向上
 この目標を達成するために、医療機関の整備・機能分化・連携を推進することが施策として挙げられました。具体的には、2008年の地域がん診療連携拠点病院の指定要件が更新されました。新しく加わった要件として、「5大がん(肺・胃・大腸・肝臓・乳腺)に対する地域連携クリティカルパス」の整備を2012年4月までに行うことが求められました。

 平成22年度診療報酬改定で、「B006−3 がん治療連携計画策定料、B006−3−2 がん治療連携指導料」が新設されました。予め、連携先の医療機関とどの「がん地域連携クリティカルパス」を運用するか保健所を通じて厚生局に届け出る必要があります。

2009年
3月
県下の全医療機関(1692医療機関)にがんにおける病診連携に関するアンケート調査を行いました。アンケートの結果を基に、各拠点病院が地域の医療機関との連携ネットワークを構築し、各拠点病院のネットワーク情報を県全体で共有し二次医療圏を超えたネットワーク情報を構築しました。
2010年
3月
熊本県共通の五大がんのサーベイ・内服治療・点滴治療・緩和ケア・がん性疼痛のパスと、全てのパスで共用する私のカルテを作成し、お薬手帳も統一して運用を開始しました。
2010年
4月
熊本県がん診療連携協議会のホームページを開設し、5大がんの地域連携パス、私のカルテ、概要、ガイド、Q&A(医療者用・患者さん用)を掲載しました。同月、熊本県がん診療連携協議会に「熊本県私のカルテがん診療センター」(熊本大学病院内)を設置、コーディネーターを配置し、パスの提供、運用、管理、情報収集の支援を開始しました。同月、熊本がん診療連携研究会を設立し、PDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルの研究を開始しました。(図1参照)
 ★熊本県がん診療連携協議会ホームページ★

2.熊本県の動き


 熊本県では、2008年6月熊本県がん診療連携協議会の幹事会に、熊本大学を中心とする県内8箇所のがん拠点病院からなる「地域連携クリティカルパスワーキンググループ」を設置して協議を開始いたしました。のちに在宅療養支援診療所の医師、熊本市医師会の医師、がん相談支援室看護師、病院薬剤師会および県薬剤師会の薬剤師、県健康づくり推進課職員等の参加を得て、熊本県がん診療連携協議会の相談支援・情報連携部会へと発展し、クリティカルパスの作成を開始しました。

 この間、熊本県がん診療連携協議会 相談支援・情報連携部会の主催・共催で医療者向け、市民向けに講演会を開催して「がんの地域連携パス」「私のカルテ」の広報を行っています。同時に、各拠点病院が各2次医療圏向けに講演会を開催しています。(下写真参照)
私のカルテ
私のカルテ


3.がん診療連携パスと従来の地域連携パスとの違い


 現在、診療報酬で認められている先行するパスとしては、大腿骨頸部骨折と脳卒中がありますが、がんの連携パスはいくつかの点で異なります。
  1. 対象とする疾患と病態の多様性
     がんの連携パスは対象とする疾患が多様です。5大がん(肺、胃、大腸、肝臓、乳腺)のみならず、熊本県では前立腺がんと婦人科がんのパスの作成も準備中です。また、病態も多様で、術後経過観察、術後補助化学療法(内服)、点滴治療、がん性疼痛、緩和ケアとがん生活を送られている患者さん・ご家族の状況に応じたパスが準備されています。
  2. Outcomeの多様性とVarianceの扱い
     それぞれのパスでOutcomeは異なります。術後の後遺症の管理であったり、再発の早期発見であったり、安全な抗がん剤の投与であったり、苦痛のない生活であったり、限られた時間を大切に過ごすなど様々です。再発や進行した場合はvarianceとなりますが、実はvarianceが生じた時点で次のパスに移行します。すべてのパスの根底には「がん診療の均てん化」、つまり「がん患者さんやご家族の不安や悩みを解消し、安心できる質の高い医療を地域で提供する」ことが共通の理念として存在します。
  3. 医療機関の役割分担の多様性
     「がん診療の均てん化」とは、がんに罹られた患者さんや、そのご家族が、いつでもどこでもどのような立場でも、質の高いがん診療を受けられることを示しています。このためには、適切な情報が提供され、患者さんやご家族の意志を尊重した治療法が選択され、地域で提供されることが必要です。各医療機関は患者さんやご家族の意向を尊重し、各自ができる医療を提供し、提供できない医療は地域のネットワークを利用して他の医療機関にお願いします。地域での連携体制を構築し、切れ目のない医療の提供を実現するために、各医療機関が対応出来る部分を担当することです。
  4. 双方向パスと複数主治医制
     がんの連携パスは決して一方向性のパスではありません。がん生活のさまざまな時期に最適な医療を提供する「専門医」と、がん生活を通して患者さん・ご家族を支える「かかりつけ医」が存在して初めて地域で完結するがん診療が提供できます。複数の主治医の連携を繋ぐものが「がん診療連携パス」、「私のカルテ」、「お薬手帳」です。(図2参照)
  5. 私のカルテ
  6. 情報の多様性と共通のプラットホーム
     がん自体に目を向けると、治療の進歩はすさまじいものがあります。すべてのがんの最新の情報をCatch upすることはとうてい出来ません。パスの「共同診療計画書」は各疾患・各病態で作成され、常に最新のエビデンスに基づいて改訂されます。これに準じて診療を行えば標準治療を提供することができます。一方、患者さん・ご家族に目を向けると、どのがん、どの病態でもがんに罹られたつらさは共通しています。「私のカルテ」に記載されるこの思いは、連携の意志がある全ての地域の医療機関(拠-病-診-看-在-薬)が共有すべきものです。「私のカルテ」と「お薬手帳」は情報の共通のプラットホームとして活用できます。

4.まとめ


熊本県のがん診療連携パスには以下の特徴があります。
  1. 県下共通の地域連携パス
  2. 県下共通の私のカルテ
  3. 県下共通のお薬手帳
  4. 県全体を網羅するがん診療のネットワーク
  5. 私のカルテがん診療センター
日本全国をみても、これだけのシステムを構築できている地域はありません。熊本県民の大切な財産として大事に育てていく責務が拠点病院だけではなく地域の医療機関にあります。そして、「専門医」をより優れた「専門医」に「かかりつけ医」をより優れた「かかりつけ医」に育てる鍵を握っているのは、患者さん・ご家族をはじめとした熊本県民であることは言うまでもありません。
▲このページのTOPへ
バックナンバー
Dr.CROSS 2003 | Dr.CROSS 2004 | Dr.CROSS 2005 | Dr.CROSS 2006 | Dr.CROSS 2007 | Dr.CROSS 2008 | Dr.CROSS 2009
ドクタークロス2010 熊本赤十字病院