診療トピックス
熊本赤十字病院のはり師による入院患者さんのための鍼(はり)治療 ~その効果に迫る~
- 2025.7.4 | 総合内科
当院では2019年より、入院中の患者さんに対し、身体の痛みや不調に寄り添う治療の一環として「鍼(はり)治療」を取り入れています。今回は、当院の総合内科に所属する「はり師」(1名)の活動と鍼治療の特徴や効果をご紹介します。
鍼灸治療とは
鍼灸治療は漢方薬と並ぶ東洋医学(中国や日本など東アジアの伝統的医学の総称)の代表的な治療法の1つです。漢方薬が内側から作用する“内科的治療”であるのに対して、鍼灸は体の外側から特定のツボ(経穴)や筋肉に刺激を行う“外科的治療”といえます。
熊本赤十字病院では、こうした東洋医学的治療を現代医学と組み合わせ、標準治療を補完する「漢方サポート」を展開し、患者さんの回復の過程で相乗効果を狙っています。
なぜ急性期で
急性期医療(病気の発症から病状がある程度安定するまでの間)において、はり師が携わるというのは全国的に非常に珍しいことです。
生体側の回復の過程において重要な要素として、寝て(=睡眠)、食べて(=栄養)、動いて(=リハビリテーション)、苦痛が和らぐ(=疼痛管理・呼吸困難感や疲労感の改善・精神状態の安定)といった項目の充足が重要と考えられ、ADL(日常生活動作)の改善が進まず、入院日数が伸びてしまうといった事例もあるため、鍼治療によって一定の効果を獲得できると、スムーズな転院や退院につながると考えられます。
食欲不振・不眠・せん妄(せん妄ページへリンク)・慢性疼痛などさまざまな症状に対して、鍼治療の効果が研究や診療ガイドラインでも近年報告されており、実際の医療現場でも多くの患者さんのQOL向上に貢献しています。
当院で行っている鍼治療
【鍼の種類】当院では、大きく分けて「刺す鍼」と「刺さない鍼」の2種類を使用しています。一般的によく知られている鍼は、直接皮膚に刺入する「刺す鍼」です。
当院で使用している「刺す鍼」の太さは、注射針(27G=0.4mm)よりも細く、一番細いもので0.12mm、太いものでも0.18mmと、これらを患者さんの体格や刺激への過敏性、目的の刺入深度に応じて規格を選んでいます。

また、シールの中央に0.6㎜の長さの鍼がついたシールタイプもあります。貼付した後は、シールの状態を見て1〜2日で取り外しています。
「刺さない鍼」は、当院では純銀製で棒状の「てい鍼」という器具を使用し、皮膚に接触させて刺激を行っています。皮膚を貫通しないため、主に好中球が減少し(500未満)感染リスクが高い方や、血小板が減少し(3万未満)出血リスクがある方、皮膚が脆弱な方、浮腫により浸出液の流出リスクがある方、鍼の刺激に過敏な方などに使用しています。

刺す鍼も注射針のような鋭い痛みを感じることなく受けることが可能で、「もう刺したのですか?」と患者さんに尋ねられることもしばしばです。それほど刺激としては軽微なものです。
どういった患者さんに適用があるか
小児から高齢の方まで年齢問わず適用することができます。当院では小児に対応して鍼治療をすることはほとんどありませんが、小児の場合には“はり=針=痛い”というイメージを持たれていることが多いため、「刺さない鍼」を主に使用します。
1日に10人程度の入院患者さんに対して、それぞれの病態に合わせた鍼治療を行っています。患者さんへ鍼治療の介入が望ましいと判断した場合は、まず患者さんご本人に内容を説明し同意を得たうえで施術を行います。無理に治療を進めることは一切ありません。
はり師の活動
当院では、はり師は認知症ケアサポートチーム(DST)や緩和ケアチームに参加し、医師・看護師・コメディカルとの連携を図っています。所属している総合内科だけでなく、様々な診療科からの依頼を受け、チーム医療の一員として患者さんの回復をサポートしています。はり師の存在は、患者さんの状態改善のために、患者さんにより良い選択を提案できる一助となっています。
これまでにどんな改善が
入院患者さんの中には、病気や治療の影響で食事が半分も摂れなくなる方がおられます。半分以下しか摂れなくなった患者さん64名に、鍼治療および、医師の判断で漢方薬を併用したケースも含め、治療の前後で食事量や血液検査データの変化を調べました。その結果、治療前には減少傾向だった食事量が、治療後には明らかに改善し、副作用も認められませんでした。
このことから、鍼や漢方が入院中の栄養状態改善に貢献する可能性が示唆され、以下の医学系英語論文に掲載されました。
論文「Cureus Journal of Medical Science」
(“Effects of Acupuncture Treatment Alone and in Combination With Japanese Kampo Medicines on Reduced Dietary Intake During Hospitalization: A Single-Center Case Series”)
日本語訳・・・入院中の食事摂取量の低下に対する鍼治療単独および漢方薬併用の効果:単施設ケースシリーズ

その他のQ&A
Q 鍼治療を希望して受けることはできますか?
A 当院では入院中の標準的な治療で症状の改善が困難な患者さんにのみ、鍼治療を行っています。主治医により鍼治療が必要と判断された場合に専門の医師へ鍼灸介入の依頼が行われ、専門の医師によって診察がなされます。そこで適応と判断された場合にのみ鍼治療が行われます。全ての患者さんに適用できるわけではございませんのでご留意ください。また、外来治療は行っておりません。
Q 鍼治療の危険性やデメリットは?
A 基本的には副作用の少ない安全な治療ですが、皮膚の赤み、軽微な出血や内出血、稀に倦怠感を感じることがあります。医学的処置を必要とする事象は当院において発生したことはなく、過去の鍼治療の有害事象についての調査研究でも、医学的処置を必要とする事象は極めて稀でした。施術に際しては、患者さんの状態を十分に確認し、安全性に配慮しています。
Q 灸を行うことはありますか?
A 当院は火気厳禁のため、灸治療は行っておりません。代わりに遠赤外線を利用した「電子温灸器」による温熱刺激を導入しています。
Q 費用は?
A 入院中に鍼を行うことでの追加費用はありません。
熊本赤十字病院の総合内科では、これからも「標準治療」「漢方」「鍼」を使い分け、入院患者さんに最適な医療を提供できるよう努めてまいります。
この記事を書いた人
三谷 直哉(鍼灸師)
資格・・・はり師、きゅう師
